随書作主

珠光方寸庵

仁 怒

月光を白く返す長月(九月)

 残りとは云われぬ程の  暑さかな

◎白露、重陽、中秋、彼岸、そして秋分の日、長月の九月は席中の景物も初秋の趣で盛り上る。とりわけ九日は重陽、五節句の一つ。
 九の数は陽の極め。九月九日は重九と呼び長久に通ずるので目出度さの極めとされた。重陽の行事は中国に端を発し、日本では平安朝時代から。天皇が紫宸殿に出御、文人を召し詩文を作らせ、群臣に菊酒を賜る行事が行われたという。

 菊の香や茶に押合ふも この日より(千代尼)

◎旧暦八月十五日は中秋の名月と称し月見の宴を張った。この風習は平安時代に中国から。芋名月、栗名月、豆名月、月夕、三五夕とも呼称する。月見の趣向で客を迎えようとしても雲が出たらおしまいで名月はやはり晴れた方がよし。茶祖・村田珠光は『月は雲間のなきは嫌にて候』といっている。昔の人は前日の十四日に先こよいの月を賞すべし」といっているし、名月の翌日の十六夜の月もよしとした。

 山は暮れて 野は黄昏の芒かな(蕪村)

◎長月は七草あり、草に宿る露あり、虫の声あり、秋風あり、夏の盛りを過ぎたものの哀れを無情に感じさせるものがある。それ故に秋の茶の湯の侘びた風情にかなっており茶人にはうれしい季である。

 茶席の掛物には「掬水月在手」「明月清風共一家」「山高月上遅」「語尽山雲海月情」……等。月や秋虫蒔絵の香合、束柴の水指、武蔵野の茶碗、花入に杵形、釣舟、等々。     (仁恕)

 

【水屋流し】

◎水屋流しはみざら、簀の子流し、流しなどと呼称され、狭義の見方をすればこの流しを水屋と呼んでいる。流しの簀の子は太さ四分(1.2 cm)ほどの竹を交互に並べ、前とは反対側から釘を打ち、前からは釘が見えぬよう、茶器にキズをつけないように斜めとした。
 光代の七世方寸は名人芸と表され家元から折々の注文に汗していた。使用する釘は頭巻という和釘を使用する。釘を打つための根太の数は簀の子の長さ、水屋の巾が半間の場合は二本、台目巾ならば三本、一間ならば四本にする。
 簀の子の高さは水はねを避ける為、床の高さよりも五分(1.5 cm)から1寸(3cm)ほど低く据える。流しの深さは深すぎると銅板張りで音がするし、浅ければ水が溢れ出す。その寸法に苦労する。通常は約4寸(12 cm)から五寸(15 cm)ほどの深さ。
 流しの銅板が上から見えぬよう簀の子の所で寄せ木の下に折り込むように納める。簀の子や流しの中を清掃する時のため指がかりを簀の子の右側真中に指一本分入るスペースを切ることを忘れてはならない。
 最近、簀の子竹を根太に打ち付けるのではなく、すだれのように針金でつないでいる略式が見かけられるが邪道である。

茶室数寄屋建築監修者 商工会議所建設業部会長 小西宗仁

船橋市民新聞 9/1発行 第23号


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